2017.6.28

「ピカピカ消しゴム」のヒットで工場を持ったが一家が崩壊したお話

ピカピカ  素人が工場を建てる!

こんにちは。店長の和田です。

 

プロピーラーの発売が、かれこれ24年前。

それと程なくして、プロピーラーと並ぶ大ヒット商品となったのが、「ピカピカ消しゴム」!!

 

以下、ピカピカと呼ばせて下さい。

ピカピカは、私にとっても何とも忘れられない思い出のある商品です。

なぜ、和田商店は工場をもっているのか、、、?

 

このなぞを紐解いていこうと思います。

 

ある老人との出会い

親父(現会長)が、実演販売をしていた頃(24年前ですかね?)

プロピーラーのヒットを知り、ある老人が和田家の門をたたくことからピカピカの歴史がスタートします。

 

以下、老人をMと呼ばせて頂きます。

M:「Mと言います。むかし兄がお世話になっていまして」

 

昔少しだけお付き合いがあったらしい方の弟がやってきました。

 

M:「実は、包丁研ぎの特許を取って自分でつくったから実演販売で売ってくれませんか?」

 

その包丁研ぎは、今では珍しくもないコロコロ転がすタイプの研ぎ器でした。

このときに、包丁研ぎの横にピカピカの原型となる消しゴムがありました。

 

 

私:「横についてる消しゴムってなににつかうの?」

M:「セラミックの研ぎ棒は、ススがつくととれないから、そのススを取る消しゴムで自分で手作りで練ってる」

父:「これを水垢落としとして売った方がよくないか?」

M:「・・・」

父:「これを大量につくってくれ!」

M:「・・・」

M:「・・・」

M:「・・・」

M:「帰りの電車賃がないから2万貸してくれ!」

 

 

帰れないと言うので、2万円渡しました。

 

つくってくれるか、売れるかどうか、もわからない、、、

変な縁で始まった、このピカピカ消しゴム、、、

 

しかし、このMが和田家を地獄の底に突き落とすほどの人物だとは、その時まだ知るよしもありません、、、

 

「ピカピカ消しゴム」の実演販売

包丁研ぎ器の脇にあったMがつくる消しゴム。

とりあえず、水垢取り消しゴム「ピカピカ」に生まれ変わらせました。

 

その後、親父(現会長)が実演販売したところ、瞬く間に売れていきました。

 

「ピカピカ消しゴム」の在庫確保のために

最初は、親父(現会長)が一人で売っていたのですが、売れると言う話を聞きつけて、、、

10人以上の実演販売(宣伝屋)が売ることになりました。

 

M一人では、全くと言っていいほど供給が追いつきません。

特に何かあるわけではなかったので、Mに家賃を払い自宅近所で「ピカピカ消しゴム」を作ってもらうことにしました。

 

和田商店は家賃を払っています。製造元はMになります。

なんだかおかしな関係になってきましたね。

 

供給が追いついていないのに羽振りがよくなり、横柄な人格が現れ始めました。

 

Mは、1人じゃ作れないから和田商店でパートを入れてつくってくれ!と言ってきたのです。

 

既に弊社から生協様で取り扱ってもらっており、空前の大ヒットとなっていました。

納品までに間に合わすしかありません。

 

「ピカピカ消しゴム」製造の人件費を和田商店が持つという本末転倒な事態に、、

 

和田商店が雇ったパートは5人。当然、私と親父(現会長)は、得意先の納品を間に合わせるために、パートの皆様と一緒に作業に入ります。

当時は、朝5時に起きて、袋詰めやら何やらして、9時からMの家に行き消しゴムを作るという毎日。

 

Mは全く仕事をしないでテレビを見ていました。

さらに、Mは、作業場が家なので夕方5時以降は仕事をさせない、、、と言い出します。

一人でゆっくりしたいから、帰れと…

 

おかしい….

家賃、人件費も和田商店。

 

おかしい….

和田家が崩壊に向かっていくのでした、、、、

 

 

続く!

ピカピカ消しゴム大ヒットの裏側!Mとの闘い

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