2018.2.21

信金との闘いの終焉。そして業務用プロおろしが誕生する。

信金との闘いがようやく幕を下ろすことになりました。
よく考えてみると、私が入社してから、
自分の借金ではなく、すでに借金されていたもので苦しんできました。
親父の無謀な経営で、
黒字の税金の支払いを借り入れで賄ったり、
無駄に高い事務所立てたり、一切関与してないのに
最後は、私が全部引き受けることに、、、

家族離散という危険に侵されながらも、
なんとか、第2次和田商店がスタートを切ることとなります。

とはいったものの、
肝心の社長(親父)は、一日の半分は酒飲んでるので、会社経営は任せられないし、アイデアは出ないし、
税理士も変更したし、、、
とにかく新商品を作らないと、という事になりました。
しかしながら、
歯を全部抜いてくれ!と男気で抜いてみた途端、食事も喉を通らず、体重はみるみる30キロ台に。
餓死寸前の状態。
普通は、食べるものがなくてならわかりますが、自分が歯を一日で全部抜けと歯医者に無理強いした結果、餓死したのではどうしようもありません。

実は、親父には、一つ、大根おろし器のアイデアが有りました。
当時はプロピーラーを製造してもらっていた新考社にアイデアを持ちかけたんですが、
自分たちのおろし金の特許を使ってくれと譲らず、話は平行線を辿っていました。
そんなときに出会ったのが、現サンクラフト(川嶋工業)でした。
当時は川嶋工業は特販部というOEM専門の部署を作っており、
そこの方と同じようなアイデアがあり、話が進むようになります。
川嶋工業は、四角い穴のアイデア。
和田商店は、四角い穴を45度にひし形形状に斜めに配置し、おろし金を湾曲させる。まあ殆どうちのアイデアですがw
親父は大根おろし器をずっと考えていたのですが、ここでストップしてしまって、製品化までは進めない状態がつづいてました。
当時の親父はとにかくえばっていたので、私達家族が開発にタッチできる環境にもなく。

そうこうしているうちに、親父の体力が限界に来ました。体重も32キロガリガリです。
ここから不思議な霊体験を体験するのです。

親父いわく、夢で三途の川が見えたそうです。
遠くに、親戚と思われる人が立っていて、こっちに来ちゃダメだ、戻りなさいと。
そんなとき飼っていた犬が頬をペロッとなめて起き上がった。
親父は少し霊感が強いところがありまして、怖がることはないんですがこういう霊体験をすることがあります。

少し経って、親父から
「ちょっと聞いてくれ、今大根おろしを作ろうと思ってるけど、売れると思うけど自信がない。みんなで協力してくれないか」と持ちかけられます。
そんなことを親父が言うのははじめてでした。
「じゃあみんなでやろう!」
それから、いままでの大根おろし器の経緯を聞いて、ラフ図を見て、
私は、「じゃあ、俺がデザインするから」といって、プロおろしの開発がスタートするのです。
タウンページでデザイナーを探し、日本では作ってないようなデザインの大根おろしを作ってやるという気持ちでやりました。

日本メーカーは、デザインがダサいので、まだ若かった私は、青山のセレクトショップなどのおしゃれキッチングッズを探し始めます。
そこで目に止まったのが、池袋パルコに売っていた、イタリアグッジーニのチーズおろしでした。
実は、プロおろしの外枠のゴムはこれが原型となっています。
いざ川嶋工業にデザインを見せたとき「こんなゴムは無駄だ、デザインなんかしなくたって弁当箱の金型余ってるからそれを使えば安くできるでしょ」
と言われたのを覚えています。
しかし、和田商店はプロおろしを絶対に成功させないといけない状況だったので、全てが良い!という商品を作りたかったのです。

そしてようやくできて来た試作のプロおろしを見てびっくり、、、「めちゃくちゃでかい」!。
今のようにモックがないので、図面しか見てないので、現物見てビビりました。

親父と話します。
「大根を輪切りにして、一番ベストなサイズ作ったけどでかいね!やばいね。どうする?」
親父がひらめきます。
「そうだ、和田商店は、業務用ルートにも売ってるんだから、いっその事、業務用ってつけちゃうか。あとは俺がなんとかするから」
ということで、プロおろし改め「業務用プロおろし」が誕生したのです。
実演では「業務用だからでかい」で納得させるから大丈夫。
その後、貝印が業務用プロおろしをパクったのは言うまでもありません。
業務用プロおろしは、はじめて家族で意見を出し合って誕生した画期的な商品でした。
なので、製造元のサンクラフトさんが、モノマネを内緒で作っていると聞いたときは、またか、って感じでしたね。